『僕が涙もろくなったのは、もっと別のことだ。悲しみに耐えるのはやさしい。感動に耐えるのは、むつかしい。昔は、感動している自分にテレて、心の中で感動をごまかしてしまっていたものだが。』
(「年齢について」吉行淳之介 潮出出版)
「てがみ」という題のエッセイ。死した友人宛の手紙といった形式で、語りかけるような口調。これを書いた当時は33歳くらい。自分より年下。
仰ぎ見ていた作家の年齢を超え始めていることに、複雑な気分です。ただ、涙もろくなっているという老化?が、同じ具合に進行しているので、おっさん同士の親近感が湧いて、またなんとも複雑ですねぇ・・・。
『人間の横顔というのは、幼顔が残っているという。正面からの顔にくらべて、人生や年齢の疲れが現れにくい部分だという。そして、人間の背中という物は、横顔に似た部分のような気がする。女性の美しさを象徴するさまざまな部分も、所詮は束の間のはなやぎである。』
(同上中、「せなか」より)
顔面真っ正面に疲れを浮かび上がらせ、いとあわれ、の感覚を呼び寄せる、古風な今日の自分の顔面。
『川の上から見ると、東京もずいぶん違ってみる。十二月の気配はない。
「歳末になると、身投げが多くなるということはありませんか」
とたずねてみたが、高野橋係長さんは、
「ありませんな、冬は身投げが少ないです。水で死ぬのは寒くていやとおもうらしいですな』
(同上、「師走の隅田川」より)
アニメ映画「銀河鉄道の夜」のサウンドトラック「NOKTO
太宰治が入水したのはいつだったかなと思った。
寒い日は、なにかと後ろ向きですが、なんだか後ろ向きも許されるのではないかとほっとする部分がある。
話変わって(本格的酔ってきて)、精神鑑定で「人格障害」ってわざわざ持ち出すことなんでしょうかね。人格障害は基本的に、「善悪」の判断を行うことができると法的に認められるので、「統合失調症」の気質まで持ち出しいるのが、なんとなしにうさんくさい感じです。裁判官はいざしらず、そこが論点になれば、「人格障害」に対する批判を助長するだけ。
最近の銃によるインストラクター殺害も、そのくらいの鑑定は出ることでしょう。
人権派弁護士と人権派精神鑑定医師のコラボのおかげで、弁護側からの「精神鑑定」が利益を求めた作文というレッテルがつきました。
真の人権派であるわたくしが(笑)、訴えたいと思う今日この頃です。
弁護する人間の生までバカにしていないか
量刑がすべて、ということだろう
悲しさと虚しさに涙目です。
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by x-ray
絶望「菅」しかないのですが・・…